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庭の案内がきました&新刊の話とか

こんばんは。ちょっと間が空きました。
タイトルにも書きましたが、先日J-GARDEN42の案内が無事届きました。
スペースNo.その他は新刊の目処が付いたら追々出してゆきます。
今、白状するとそういった事務作業その他の心の余裕がない感じでして。汗
もう少し落ち着いたら、改めてお知らせできれば良いなと思っています。

先日ちらっと書いた「ナイチンゲールは夢をみない」ですが。
こちら、初稿が上がりました。現状1万ちょっとの長さです。
もう少し、書いてみたいなーと思う部分がないわけではないのですけれど。
とりあえず完成としました。
それで、今は新しくホラーっぽいお話を書いています。
「わたしたちの夜」という話です。謎の液体と暮らすというほっこりストーリーです。
怖いとこは怖い話なので、そういうの大丈夫な人は読んでくれたら嬉しいです。
これは2月末くらいまでにどっかに載せられたら良いなあと思っています。

そして、このお知らせはできれば出したくなかったのですが。
3月の庭で秋に出すはずだった新刊以外にもう2冊、出したいと思っていまして。
サークルカットにもそう書いたのですが、この2冊とも出せなくなりました。
理由としては、挿画担当のイラストレーターさんが両方とも音信不通になっちゃいまして。
すでに半金先払いしていたのと、純粋に挿画自体をとても楽しみにしていたのもあり、思ったよりも大分ショックを受けまして。
やらなくちゃ、と思いつつ、製本に向けての作業ができない。というよりやろうとすると色々グルグルしてしまって、頭が働かなくなってしまったっていうのがあります。

法的処置を薦めてくださった人&返金要求くらいはすべきだという人もいたし、実際通報することも考えたけど、そんなことをしても自分がますます惨めに傷つくだけのような気がしています。
だから、消極的だけどこのまま何もしないつもりです。先方の名前も今後一切出しません。
(ただ知り合いがもしその人と組むことになったらこっそり忠告はすると思いますが)
お金が返ってくれば良いっていうわけでもないしね、別に。それが惜しいわけじゃない。
悔しいのは、お金を取られたことじゃなくて、自分の活動や作品をこういう形で侮辱されたこと。
何ヶ月も頑張って書いたものを平気で無駄にされて、惨めな気持ちを味わわされたことです。

以下はちょっと本音の話。絵の描けない悲しい文字書きの心の叫びです。

私は、自分の思ったとおりの絵が上手く描けません。絵はハッキリいって下手です。
デザインのセンスもありません。それでも、頑張って書いた自分の作品を精一杯おしゃれさせて世の中に出したい。
もっと色々な人に読んで欲しい。そのきっかけの1つとして、見た目も素敵な本を作ってなるべく最初の一手を、「おや?」という瞬間を作りたい。
自分が頑張って考えたストーリーやキャラクターの絵を描いてもらいたい。是非それが見たい。
そういう願いを叶えるために、そのスキルのある人へ「どうか私のささやかな夢にあなたの力を貸してください」という気持ちでお金を払っています。
受け取る人にとっては、はした金なのかもしれません。私の作品も個人誌も、通りすがりの作品ですらないのかもしれません。
私も、自分の個人誌へお力を貸していただくことにお金以外のメリットがないことをある程度自覚しています。自分が、無名で拙い、さほど人気もない作者であることを知っています。
でも、じゃあ、そういう作者が自分の作りたいものを夢見ることは愚かなことなんでしょうか。
分不相応だとしても、素敵な絵を描いてもらいたいと望むことは馬鹿なことなんでしょうか。

今回情けないと思っているのは、対価を支払ってさえ、なお仕事をする価値がない相手だと見下され、侮られたことです。
だって契約して、対価を受け取った以上、それは仕事じゃないですか。
極端な話、私の作品がどんなにくっそつまんなくても、締め切りに間に合わせて作品を提出するのは最低限の義務なわけじゃないですか。
でも、それを怠るということは自覚のあるなしに関わらず「あなたの本が出せない事態になっても構いません」ってことなんですよね。
挿画が届かないということは、当初の予定通りに入稿ができないということです。
そうなれば、本を出すことは難しくなりますよね。
私はたまたま画像ソフトを持っているから、いざとなればデザイン表紙を作れないことはないです。でもそれはあくまで私がたまたま使えるというだけ。
小説書きには普通にそんなん全くできない人は珍しくありません。そういう人なら諦めるしかなくなります。
それに予定も時間も予算も、挿画をお願いする以上はそれを考慮して考えます。
無論、体調不良とかどうしても間に合わないってときは、死んでも出せなんていいません。
今までだって複数のレーターさんにその辺は柔軟に譲歩してきました。
自分の方は終わっていても気を使わせないように理由をつけたり、どうしても描けないといわれたものを考慮して収録内容を変更&削ったこともあります。
でも、それは相手を信頼しているから。相手になるべく負担に思われたくないから。
そして自分を「一緒にものをつくる価値のある相手だ」と感じて欲しいからの気遣いなんです。
卑屈になっているわけじゃない。マジで自分が無価値だと思っているわけじゃない。
イラストレーターさんの作品が好きで、その作品と仕事に敬意を払っているんです。
そして、対価を支払った分、自分にも敬意を払って欲しいと思っているんです。
目に見える形で。約束通りの仕事をきちんと果たしてくれるという形で。


これがもし私が有名な小説書きなら、きっと今よりはこんな目に遭う確率は少ないのだと思います。そういう人はファンも含めて影響力があるし、そういう人の本がもし今回のようないきさつで発行を中止するとなればある程度の騒ぎになるでしょうから、引き受けた側もうかつなことはしないでしょうから(少なくとも私だったらしないです。今後の活動に響きますしね)
でも、今回は相手が私だから。無名の、力なき、不人気作家だから。
私の本が出ないところでさしたる影響もない。ただ私が怒り狂い、落ち込み、悔しがるだけだから。だから、1人ならまだしも2人同時にこんな目に遭わされるのかもしれないということです。

今回のいきさつに関して、色々と友人知人から意見も貰いました。
でも、本当…こんなことがあると、自分がどんなに頑張って書いても、いい作品だと思っていても、そう信じる気持ちの根元に深々と斧をぶっ込まれたような気持ちになります。
そうして「挿画なしでも出したらいい」という言葉に対して、素直に「そうだね」って思えなくなります。私はそうです。
むしろ「こんなことで出したくない、と思う私が弱いんだろうか。こんなことで挫ける私の作品だからやっぱ価値がないのか」とか、大げさかもしれないけど負の極地まで思考がカッ飛びます。
正直、今はそのために書いた原稿のファイル名を目にするのも辛いです。
こうして告知を書いている今も「ああ、本当にこんな目に遭ったんだな」って気持ちで、じわじわしてきます。苦笑
本当に、本当のことになってしまうんだなって感じ。とにかく情けないし、悔しいです。
この悔しい、情けない、恥ずかしい、惨めだという気持ちは、弱さなんでしょうか。
同じようなことがあっても、他の人はさっと頭を切り換えて本が出せるもんなんでしょうか。
私には分からないです。特別自分が弱いとは思わないけど、今回の件では自分が思うよりもずっと強くなかったなと思います。

オフライン活動は、思えば上手くいかないことが多かったなって思います。
それでも、毎回落ち込みつつ「仕方ない」と奮い立ち、自分にできることをコツコツしてきたつもりです。
でもさすがに、今回のことは駄目だったなって思っています。
実はオフを続けるかは秋の段階で迷っていて、春に上手くいったら続けようって思っていました。
密かな賭けには思い切り負けました。しばらくは思う存分凹むつもりです。

でも、もしいつか叶うなら、私の作品を好きでたまらない絵描きさんと出会えたらいいなって思います。私の片思いじゃなくてね。
私以外の誰かを大好きでもいい。でも、できればその誰かのものと同じくらい私の作品を好きな人に会いたい。
ここが良かった、あそこが好きって、他の人への賞賛を聞かされるばかりじゃなくて、同じように私の作品の話もされてみたい。高望みかもしれないけど望みは自由だしね。
でも私の作品が大好きで、無償でもいいから絵を描きたいといってくれる人にお金を出して書いてもらいたい。
自分以外の誰かの態度で「自分の作品ってそんなに魅力ないですか?」って疑わずに本を作りたい。
そのためには滅茶苦茶面白いものを書くしかないんだろうな。道は遠いけど諦めずに書きます。

気持ちを整理したくて書きました。つまらん愚痴で申し訳ありませんでした。
でも、ここまで読んで下さってありがとうございました。
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